私のミッションは、依頼主を守ることだ。
ありとあらゆる外敵から依頼主を守る。
そのためには、手段を問わない。
そして、依頼主からの命令は絶対だ。
「ただいま」
……来た。
依頼主から、待機命令が出て、約9時間00分。
依頼主が私の領地にやってきた。
「ごめんね。遅くなって。ご飯を今あげるね。」
……報酬だ。
待機命令を9時間00分も遂行した私に、依頼主はいつも報酬をくれる。
私は、この至福な時をずっと待っていたのだ。
ああ、この依頼主を守っている、命令を守っている甲斐があるというものだ。
「お腹空いていたの?ごめんね。でも、もっとゆっくり食べてね。」
……ゆっくり食べる?冗談じゃない。
俺は命を狙われている。依頼主もだ。敵から身を守るため、警戒しなければならない。
ご飯を食べている姿は、非常にスキだらけだ。
敵にスキを見せてはならない。
だから、俺は早くご飯(報酬)を食べる。
さあ、ご飯(報酬)の後は、パトロールしに行こう!私有地に危険物がないか。外敵がいないか。パトロールするのだ!
「ああ、散歩ね。ちょっと待ってね……」
◇
私は領地をパトロールしている。
さあ、全ての危険物を排除しよう。
鳥……危険だ。
空からの攻撃は非常に危険だ。
防ぐ手段がない。
だから、事前に追い払ってしまう。
犬……危険だ。
もしかしたら依頼主が噛み付かれるかもしれない。
だから、私が威嚇し、追い払う。
しかし、向こうも威嚇し、睨み合いが続く。
大抵、向こうが折れ、逃げていく。
それで良い。賢明だ。
私を敵に回して良いことはない。
さあ、安全を確保した。
次は、マーキングだ。
私がマーキングすることで、ここが私の私有地(縄張り)ということを敵に知らしめるのだ。
こうすれば、賢明な生物は近づかないだろう。
仕事を終え、帰宅する。
◇
久しぶりに依頼主が私を抱いて、寝た。
こうしていると、昔のことを思い出す。
私は家でも外でも依頼主を守っている。
それは、解雇され、捨てられた私を拾って、育ててくれたせめてもの恩返しだ。
3年前。私は元依頼主に捨てられた。
元依頼主のことも一生懸命守ったつもりだ。
だが、どうやら努力が足りなかったらしい。
解雇され、捨てられた。
ダンボール箱に入れられた。
何日そこにいたかわからない。
今の依頼主に拾われたのは、雨の日だった。
冷たい雨の中。依頼主と目があった。
人間不信に陥っていた私を、優しく抱いてくれた温もりを、今でも覚えている。
今の依頼主が私を拾い、衰弱していた私を守ってくれたのだ。
だから、今度は、私が依頼主を守るのだ。
昔以上に、守るのだ。
もう、あんな思いはしたくない。
救い出してくれた依頼主の役に立ち、懸命に努力するのが、私の使命なのだ。
◇
あれからしばらくたち、私はいつも通り、依頼主を守っている。
守られていたから、守っている。
しかし、私は依頼主の笑顔が好きだ。
いつも笑っていてほしい。
だから、依頼主が悲しんでいるときは、時にはミッション「依頼主を笑わせろ」になる。
ミッションは時と場合によって、変わるのだ。
今日はターゲットが泣いている。
だから、今のミッションは「ターゲットを笑わせろ」となる。
私はありとあらゆる事をして、主人を笑わそうとした。
しかし、依頼主は一向に、笑ってくれない。
そして、泣きながら、依頼主はこういった。
「……ありがとう。ポチ。」
◇
私はかな子。26歳。
私には可愛いペットがいる。
「ただいま。」
私がこういうと、いつも尻尾を振ってお出迎えしてくれる。
「ワン!ワンワン!!」
今日は、上司に怒られた。
だから遅くなった。
だけど、どんなに遅くなってもポチはいつも出迎えてくれる。
だから、仕事も頑張れる。
この子のご飯のために。
この子の生活のために。
私はどんなに嫌なことがあっても頑張れるんだ。
「ごめんね、遅くなって、ご飯を今あげるね。」
ご飯をあげると、ポチはすごい勢いで食べ始めた。
ああ、ごめんね。私が遅くなったばっかりに、お腹が空いていたんだね。
「お腹空いていたの?ごめんね。でも、もっとゆっくり食べてね。」
ポチはご飯を平らげると、何か言いたそうに私を見て、ワンと鳴いた。
「ああ、散歩ね。ちょっと待ってね……」
◇
散歩はちょっと億劫だ。
ポチが他の犬とすれ違うといっぱい吠えるし、ハトやカラスを見ても吠える。
吠えた後は、トイレをそこら辺でしてしまう。
もちろん後片付けは私がやる。
……、だけど、手がかかるペットほど、愛おしいと感じる。
◇
家に帰った私は、久しぶりにポチを家に上げ、抱っこして寝た。
今日はポチと一緒に寝たい気分だったのだ。
嫌なことがあった。
それを忘れさせてくれる。
私にとってポチはかけがえのない存在だった。
あの日、ポチと初めて出会った日。
冷たい、雨の日だった。
その時、私は、彼氏に捨てられた。
「別れたい」
そう告げられ、理由を教えてくれなかった。
私は納得できなかった。
せめて、理由があれば納得できたかもしれない。
でも、その一言を捨て台詞のように残し、音信不通になった。
雨の中の帰り道、私はいつも通らない道を遠回りして帰った。
雨に濡れたかったのと、誰もいない家に帰りたくなかったのだ。
そんな時、ポチと出会った。
ポチは今にも死んでしまいそうにガリガリにやせ細って、弱っていた。
そんなポチが、私をじっと見ていた。
その目は、何かを訴えていたようだった。
私はその時、運命を感じた。
私と同じように捨てられてしまった、犬。
今にも死んでしまいそうな犬。
この犬を守ろう。
そう思って、この犬を抱きしめて、動物病院に駆け込んだ。
そこからは、怒涛の日々だった。
元気になった犬を、ポチと名づけた。そのポチがいろんなトラブルを巻き起こすのだ。
全く、元彼氏のことを考えている暇なんてない。
でも、私にとっては、ちょうど良い忙しさだった。
それに何より、家で私を待っていてくれるポチがいる。
そのことが、私にとって生きる糧になっていたのだ。
◇
「……!」
「……る…だ!」
「お…るんだ!」
「起きるんだ!」
私の脳内にそう声が響き、びっくりして起きた。
「え?誰!?」
私は起きて、あたりを見渡した。
しかし、人はいない。
いるのは、ポチだけ。
「寝ぼけていたのかな?」
私はそう思うと、ポチに餌をあげた。
すると……。
「今日も美味だな。」
そう声が脳内に響いた。
まるでその声はポチの気持ちと連動しているかのように思えた。
……まさかね。
私は目を覚まそうと顔を洗い、仕事へ行った。
「じゃあ、行ってきます。待っててね。」
「待機命令だな。了解した。」
また声が聞こえた。……私はおかしくなってしまったのだろうか。
仕事から帰り、ポチと再開した。
「ただいま!ポチ!」
「待機命令を遂行した。報酬を求む。」
やっぱり声が聞こえる。幻聴なのだろうか。だけど、ポチの声のようにも聞こえる。もしポチの声なら、そんなに悪い気はしなかった。以前から、ポチの気持ちは気になっていたからだ。……報酬?餌のことだろうか。
「……ご飯ね。はいどうぞ。」
「美味!美味!」
「それでは、パトロールに行こう!依頼主の危険を排除しにいくのだ!」
パトロール……散歩のことだろうか。
依頼主は……私のことだろう。
少し億劫だった散歩。
その散歩は、ポチにとって、「私を守る」ための行為であり、精一杯自分のできる範囲で私を守ってくれている。
ポチの声が聞こえ始めてから、気づいたことだ。
家に帰り、せっかく声が聞こえるようになったので、ポチと話してみた。
「ポチは今、幸せ?」
「……依頼主が珍しく私に話しかけている。しかし、その答えは簡単だ。もちろん幸せだ。依頼主と一緒にいる。それが私の全てであり、私の存在意義だ。」
「……なぜ、ポチはそんなに私を守ろうとしてくれるの?」
「それは、依頼主が弱っていた私を守ってくれたから。だから、恩返しに今度は私が守りたい。」
「……ポチは、私のこと、好き?」
「もちろんだ。恩人であり、依頼主であり、守るべき尊き存在。私は、依頼主のことが今も好きだし、これからも好きであろう。」
「……。」
私は言葉に詰まって、涙を流してしまった。
ここまでポチが私のことを思っていてくれたのが、素直に嬉しかったのだ。
そして、ポチの心の声が聞こえる。
今度は、泣いている私をみて、励まそうとする気持ちが伝わったのだ。
ああ、私は幸せだ。
身近にこんなに自分を想ってくている家族がいるなんて。
だから、私はその家族にこう言った。
「……ありがとう。ポチ。」
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